気功を伝統と科学で学ぶブログ

気功、科学、ヒーリング、スピリチュアルを楽しく!

お伺い

ほんじつはおめでとうございます。The Kerria Sasaと申します。

 

本稿ではIKTM流(私が修行してきたヒーリングメソッド:I had received the Knowledge and Trained healing Method.)の技術である、”お伺い(おうかがい)”について、共感覚の考え方(認知科式気功)を使って、解説をしてみます。

 

技術”お伺い”

最初に”お伺い”とは何なのか?説明していきます。

まずは簡単にその概要を述べてみます。専門用語(?)はなるべく使わないようにしますがどうしても一部は残りますね・・・。で、以下の通りです。

呼び出した自分の霊に向け手をかざし、その自分の霊に質問をして、かざした手と腕の不随意な動きをもとに、質問の回答をYES・NO形式で得るもの。

これだけでどれほど理解して頂けるのか非常に不安がありますが・・・・。

 

IKTM流では、除霊・浄霊を肯定し積極的に活用します。このお伺いはその際に使用することが多いです。

 

一番多い使用状況としては、浄霊したい霊を呼び出し、自分の霊を通してその霊の情報を得るためにお伺いを使用します。その対象の霊の情報を得る過程でその霊と対話することになります。そのプロセスがとても重要で、その霊にしてみたら少しでも自分をわかってくれたことになり、それはその霊にとってとてつもない施し(ほどこし・情け)になります。

 

優秀な霊能者の方なら、直接その浄霊したい霊と対話をすれば良いのですが、その能力がない人でもそれが可能になる技術がこのお伺いです。

 

IKTM流の解釈では、直接YES・NOを問う質問を対象の霊にしても、その霊が術者の手や腕を不随意に動かすことに慣れていないのでうまく答えられない。また嘘をつくこともある。とされています。

 

その点自分の霊が相手であれば、事前に動かす訓練もできますし、嘘もつきません。自分の霊が対象となる霊の情報を把握し、術者に伝えているのです。

 

お伺いの不随意運動

前記のようにお伺いは、手と腕が不随意に動きます。

標準的には、YESは円を動くように動き、NOは横外にスライドするような動きをします。

 

例えば先ほどの浄霊の時を例にすると、質問が「この方は男性ですか?」とした場合(自分に聞いているのでこのような聞き方になる)、対象の霊が男性であれば、その質問の後に、腕が勝手に(不随意に)円を描きます。自分の霊が術者(自分)の腕を操作しているといえます。

 

この時、この答えはきっとこうだな・・・などと思いながら行うと、そのように腕が動いてしまします。完全に答えを予想しないような心の状態にするか、第三者として俯瞰するような意識状態が求められます。

 

ですのでしっかりとこの”お伺い”ができていると、仮に答えを予測するような場面であってもその答えとは違うYES・NOの結果がくることになります。

 

また残念なことに、自分の欲が入った質問は外れる傾向にあります。いかに心を無にしたような状態でも、その的中率は下がると言われています。(この辺も理論があるのですが)

 

例えば値上がりする株の予測などにこの”お伺い”が使用できれば良いのですが、そうはいかないということです。

 

IKTM流での願望実現方法は別の方法論があります。いずれまた。

 

訓練で身につける

このYES・NOの不随意の動きは訓練で身につけます。

 

最初は絶対にYESとなる答えを自分の霊に行い、その状態で意識的にYESの動作をするのです。そして徐々に意識を外していきます。腕が止まった状態から動き始める段階がもっとも困難で時間がかかります。中にはこのお伺いの習得を諦める人もいるぐらいです。

 

後述するこの腕が動くカラクリが(修行当時)わかっていれば、習得に工夫ができたとは思いますが、当時の伝統的習得方にはひたすら繰り返すしか方法がなかったのです。

 

もう一つこの技術で重要なことは、腕や手を完全にリラックスさせることです。肘は曲げ、手首は緩め、指も自然に湾曲させたような状態です。

 

このリラックス=筋肉が緩んでいる、関節に力が入っていない状態が重要で、少しでも力が入っていると腕の付随運動が起こらず、質問の答えを得ることができないのです。

 

完全脱力状態では当然ですが腕を支えられず、手をかざすことができません。腕を支えるだけの筋力のみ残し、他の力を完全にぬくのです。

 

この状態で初めて、お伺いができるようになります。

 

お伺いを考察する

お伺いを考える上でこ大きなポイントは二つです。

 

一つは自分の霊を呼び出すこと、もう一つは不随意な手と腕の動きをさせること、です。これらは認知科学(式気功)や共感覚の理論で説明できます。

 

まずは”自分の霊”です。

 

これは認知科学式気功では、自分のアバターと同義です。

 

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”霊”というと拒絶反応を起こす方でも、気の玉で作り出した自分のアバターと解釈すると受け入れやすいかと思います。

 

気の玉で作るアバターは、自分の気による分身であり、自分とアバターは相互作用を起こすものです。(アバターをヒーリングすると自分がヒーリングされる)

 

thekerrias.hatenablog.com

 

そして”不随意運動”です。

 

これはこれまで解説してきた共感覚です。

 

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脳と心でキャッチした情報(この場合はYES・NO)を、無意識に体性感覚・挙動感覚に再マッピングしていると捉えることができます。

 

繰り返しの共感覚の訓練により、再マッピング先を挙動感覚に関連づけることで、不随意運動の起こるパターンの方向づけを行うのです。

 

先ほど述べた習得の工夫とは共感覚の訓練のことを指します。腕が動くような挙動感覚のフィードバックが出ない場合は、それ以外の共感覚(視覚や触覚)を鍛えることで、その挙動感覚が磨かれていきます。

 

共感覚の再マッピング先は連動していて、何か得意な一つを伸ばしていくとたの共感覚も理解できるようになっていくのです。

 

ではここでまとめてみます。

 

お伺いとは、

自分のアバターに質問をして、その答えを無意識の共感覚のフィードバック先として腕の挙動に設定したもの。

となります。さらにシンプルに本質のみを言うと、

自分に質問してその無意識にある答えを共感覚で得るもの。

となります。

 

お伺いのコツ

お伺いはYES・NO形式の質問をします。答える側か必ずYESかNOしか無いような質問にすると言うことです。

 

先ほどの本質からも上記のコツがあることがわかります。

 

曖昧な質問では、霊にせよ、自分のアバター(無意識)にせよ、正確な答えが出せないのです。

 

複雑な質問も、質問内容を分解して単純化し、その質問を重ねることで回答を得ていきます。

 

本日はここまで

少々乱雑になってしまいましたが、IKTM流(私が修行してきたヒーリングメソッド:I had received the Knowledge and Trained healing Method.)の技術を認知科学式気功的な解釈を試みてみました。

 

古神道や伝統的な技術にある”霊”の考え方も、”情報”の所業であることを考慮することで少しでもオカルト色が抜けて、次世代に伝えやすいものになっていけばと思っています。

 

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気功的共感覚ちょっと補足

ほんじつはおめでとうございます。The Kerria Sasaと申します。

今回は、前回、前々回で深掘りしてきた共感覚について補足です。

 

thekerrias.hatenablog.com

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これまで共感覚の再マッピング先は、五感(視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚)と深部感覚(筋感覚と重量感覚)であることを述べました。

 

実はさらに、再マッピング先の感覚があるのでその紹介をいたします。

 

加速度の感知

これは気の情報感知の再マッピング先が、三半規管の場合です。すなわち平衡感覚であり加速度感です。

三半規管とは耳の奥にある器官です。

ja.wikipedia.org

 

気を感じると、めまいを起こしたり平衡感覚に変調をきたしたりします。よくあるのは体全体が揺れるような感覚を得たりします。

 

内臓感覚

内臓感覚とは、内臓に備わっている感覚により、飢餓感、かわき、吐きけ、便意、尿意、内臓痛を感じることです。

 

気を感じると、特にネガティブな情報の気を感じることで、吐き気やお腹の痛みを感じてしまう人がいます。これがその原因と言えます。

 

人と対面している時だけでなく、特定の場所に行った時に感じることもあります。

 

感じる情報の種類によって、反応がある内臓が異なったり、同じ臓器でも感覚が異なったりします。

深部感覚さらに補足

多くの気功では、手のひらから気を出すと、手のひらの赤みがまだらになる現象が起こります。手のひらの色が変わるのです。

全ての気功で起こる現象ではありませんが、非常に多いパターンです。

 

手のひらが赤くなる(まだらですが)ということは、その部分の血流が変化していることになります。赤いので血流量が上がっている状態のはずです。

 

ただしここで注意しなければいけないのは、肝臓に疾患がある場合でも非常に似た手のひらの色が変わる現象があります。気功のまだらは細かいまだらでまるでソーセージのサラミのようなイメージです。肝臓の場合は割合と大きい”ぶち”であることが多いですが、必ずそうなるわけではないので気になる方は医師に相談をお願いします。

 

同様に気功を行うことで手のひらが温かくなる現象もよく起こります。前記の通り血流量が上がることで、温度が上がると解釈できます。

(手のひらが温かくなる現象は心因的自律神経的にも起こりますので、手のひらが温かくなる=気が出ている ではありません。)

 

血流が変わる原因も深部感覚によるフィードバックである可能性があります。

 

血管平滑筋が緩むことで血流量が上がることが予測されます。

 

本日はここまで

これでようやく気功的共感覚について述べることができたと思います。

少々小難しい内容になりましたので、まぁこんなこともあるかと思っていただければ良いです。

 

基本に戻って、楽しみながら気を感じて、楽しみながら気功の実践をして、楽しみながら継続していただければと思います。

 

運動と重さの共感覚

ほんじつはおめでとうございます。The Kerria Sasaと申します。

本稿は前回の続きでもあります。

あわせてお読み頂けますと幸いです。

 

thekerrias.hatenablog.com

 

さて、

気の感覚は共感覚であり、共感覚は脳と心で感知したなんらかの情報を、五感に再マッピングされたものでした。

その再マッピング先の感覚は、人によって得手不得手があります。得意な感覚を伸ばす事で、そうではない五感感覚を伸ばす事ができる場合があります。

 

体性感覚

本稿では体性感覚について主に考えます。

 

体性感覚とは一般的に五感の1つである触覚=皮膚感覚と深部感覚のことを言います。

深部感覚とは、運動と挙重の感覚です。それはすなわち筋感覚ともいえます。

そして深部感覚はその関連する受容体で主に張力を感知しています。

 

これにより体が動くことや位置そして重さの感覚を得ているのです。

こららの感覚も、気感すなわち共感覚の再マッピング先になります。

 

気を感じると、体の動きや重さで感じることがあるのです。

 

挙動感覚・筋感覚

例えば手を向い合わせにして気を感じる時(気功初心者がよくやる気を感じるワークですね)、ふわふわ、ピリピリなどの皮膚感覚と合わせて、指や手の一部が動いているなような感覚が出ることがあります。

 

この時、実際の指は動いていないのに動いているように感じるだけでなく、実際に指が動くことがあります。

 

これは、頭では指を動かすつもりはなくても、感覚器官は共感覚で挙動を感知していることから、体勢を維持するために(指を一定の形にキープしようとして)無意識に筋肉が動いている(無意識のフィードバック)と解釈できます。

 

また共感覚は体のどこに出るか分からないので、手を向かい合わせて気を感じようとしても、手のひらや指以外の他の部分で反応があることがあります。例えばよくあるのは腕や背中です。

 

手のひらや指にあまりにもフォーカスしてしまうと、せっかく感じている深部感覚(挙動)を見逃してしまうので、注意したほうが良いでしょう。

 

筋肉が緩む

この挙動感覚・筋感覚はとても重要です。

個人的には五感(視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚)よりも重要と考えています。

 

気の感覚が体のどこかの筋感覚に出ることで無意識のフィードバックが起こり、筋肉が緩む現象が起こります。ただし全てのリラックス効果がこの共感覚のフィードバックだけで起きているわけではありません。通常(?)の脳と心がリラックスすることで体もリラックスする経路もあります。

(逆に筋肉が固縮することは稀です。気功を行って筋肉が固縮する場合何らかのサインである場合が多いです。)

 

この原理は脳と心の状態が筋肉に現れていることにに気づかされます。気は情報であり、情報は脳と心(内部表現)に書き込まれ、その結果、体(筋肉)に現れていきます。

 

気功の効果の一つで、とても大きなファクターがリラックス効果です。リラックスは筋肉が緩んだ状態です。

 

全身の筋感覚に共感覚の再マッピングが起こる(起こす)ことで、全身の深いリラック効果を認識できると言えます。

 

重量感覚

先に述べたように重さを感じるのも深部感覚、筋感覚に分類されます。実際には皮膚感覚や視覚などもあわされて総合的に重さを感じています。

 

気感がこの重量感覚に再マッピングされた時の感じ方は、当然ですが重い、軽いです。

自分の腕が軽くなったと感じることもありますが、一番特徴的なものが「物の重さが変わる」ことでしょう。(誤解が生まれそうな表現ですねぇ)

 

気功の効果を確認するワークとして、適当な”物”に結界を張り、その前後で持った感触の重さが変わるか確認するものがあります。

(結界は気の玉を対象の斜め四方に配置することです。詳細はリンクから。認知科学式気功の・・・です。)

 

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この時、結界を張られた”物”には気功的に(内部表現的に)情報が付加(書き換えられた)状態になります。それをその重さの変化を確認する人が感知して、重さを感じる共感覚マッピングされた結果、その”物”の重さが変化したように感じるのです。(あれ、回りくどい言い方になってしまった。)

 

本日はここまで

本当はこの深部感覚(筋感覚)と重量感覚の共感覚が、IKTM流(私が修行してきたヒーリングメソッド:I had received the Knowledge and Trained healing Method.)の技術と深く結びついているこを、IKTM流の技術紹介と合わせて示そうと思っていたのですが・・・。

次回以降に譲ることとします。

 

気功的共感覚(気を見る感じる)の深堀

ほんじつはおめでとうございます。The Kerria Sasaと申します。

随分と間が空いてしまいましたが、本日(本稿)は(またまた)共感覚について考察してきます。

 

これまで本ブログでは、気を感じることは五感にマッピングすることと説明してきました。

 

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脳と心がキャッチした何らかの情報(外部からでも内部からでも)を、本来人間がもつ感覚に再マッピングするのです。

これを気功では、”気を感じる”や”気が見える”と言ったりするわけです。

 

繰り返しになりますが再マッピング先は、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚の五感です。

よって、再マッピング先が視覚の場合”気が見える”ですし、手のひらの触覚の場合”ビリビリと感じる”になるわけです。

中には嗅覚にマッピングされ匂いで気を感じる人もいますし、味で感じる人もいます。

 

ここで注意しなければいけないのは、五感の一つ一つもその中でも色々あるため、そうと気がつかない可能性があることです。

これはすなわち、気を感じることができない人は、気がついていないだけの可能性があるということです。

 

視覚

例えば、視覚で気を捉える場合のことを考えてみましょう。

 

視覚で気をとらえるということは、一般的に気が見えるといえます。

気が見えるというと、多くの人はいわゆる”オーラが見える”と考えるでしょう。

 

アニメやSF映画のように、人体の表面数センチの光る層のようなものであったり、体全体を包む光る繭のようであったり、立ち上る炎のようであったりします。その光の色は様々です。

 

このように気が見える人は確かに多い(!)のですが、情報を”視覚”に再マッピングするということは”光る”だけではありません。

 

一般的に視覚がとらえるものは、明るさ、色、形、動き、と言われています。

 

先述のオーラは”明るさ”や”色”に、情報が再マッピングされていると考えられます。

ここでもう少し、”視覚”であることを見直してみます。

 

まずは、オーラだけが”視覚”ではないということです。明るさや色が関係するのは、オーラだけではないはずです。

 

例えば肌の色や髪の毛の色の見え方に再マッピングされるかもしれません。

 

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また”形”や”動き”に関しては、光るでもなく色がつくでもない場合です。

 

例えば、先述のオーラの部分が陽炎のように揺れて又は歪んで見える場合です。このパターンも実は非常に多いです。

 

”透明に見える”とよく言われます。この表現はよくよく考えると少し変なのですが、上記のように陽炎や歪みと考えると、決しておかしくはないでしょう。

 

気を見ようとすると、ゆらゆらと(時にはプルプルと)対象の一部又は全部が動いているように見えることもあります。特に視界のはじでとらえることが多いようです。

 

そしてこれらの、明るさ、色、形、動きは単体ではなく複合的に感知されることも多いです。

 

気を見ようと頑張ったけどいまいち見ることができないという方は、上記のように少し気づきのチャンネルを変えてトライしてみてください。

 

聴覚

次に聴覚です。

 

気を聴覚の共感覚でとらえる場合、一番多いパターンは耳鳴りのような音が聞こえるパターンです。その音色は人によってバラバラで、キーンと高い音であったり、ジジジと少し低音出会ったり、風や水の流れのような自然音だったりします。他にもいろいろなパターンがあります。

 

また聴覚としては、音の大きさ、高さ、音色と分類されます。

 

ですので、気を聴覚で捉えるばあい、直接何か聴こえるのではなく、聞こえた音が変化する場合もあります。(正確には変化したように聴こえる)

 

例えば、話している人(気を見られる側)の声が大きく聞こえたり、イントネーションが変わって聞こええたり、声色が変わったりします。非常に微妙な変化なので捉えることが難し場合が多いですが、そのようなこともあります。

 

味覚

次は味覚です。

 

気を感じようとすると、苦い唾液が出たり、酸っぱい唾液が出るように感じたりします。

もちろんその感じかたや強弱は人それぞれです。

味覚には、酸、塩、甘、苦、うまさがありますので、それぞれの組み合わせになります。

 

単独で感じることもありますが、微妙に味が混じったようになることもあります。

この組み合わせや持続時間などから、感じている気の情報を読み解く人もいます。

 

嗅覚

次は嗅覚です。

 

気を嗅覚の共感覚で捉えるのパターンで多いのは、有機物が焦げたような匂いや線香の匂いです。

ただし匂いは記憶に強く結びついていますので、人によってそのバリエーションは様々です。

 

気の情報を脳と心が感じ取り、自分の記憶と無意識にリンクして、匂いの種類に紐づけられます。

 

私の経験では、気功の訓練をしていない人でもこのことに気がついている人がいるようです。特定の場所に行くとその匂いがあるのでわかるなどですね。(ちょっと具体的にはここではかけないですが)

 

触覚

残るは触覚です。

五感の中で一番開発しやすい感覚です。

 

気の玉を感じるのはこの感覚がメインになります。

 

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触覚は、触、圧、振動、温、冷、痛(かゆみ)の皮膚感覚がそれにあたります。

(実は皮膚感覚は体性感覚の一つて、体性感覚は、皮膚感覚と深部感覚からなります。この深部感覚については次回。)

 

圧の加減やパターン(振動)によって、感じる(再マッピングされる)感覚が異なります。ふわふわ、ツルツル、モワモワなどなど・・・・。

 

温冷は気を熱として感じる場合です。気の玉を暖かく感じたり、直接人体に触った時に特定の部位だけ熱く又は冷たく感じるなどです。

 

痛覚にマッピングされると、ピリピリやこそばゆく感じることになります。

 

これら触覚は、人体の構造的に多くの受容体(受容器、需要細胞)が至る所にあるため、手のひらに限らず、再マッピングの開発がやりやすい感覚です。

 

触覚の種類(受容体)によって、その人の得手不得手がありますので、色々と試して見ましょう。

 

また手にひら以外に比較的に感じやすい(再マッピングしやすい)のは、なんと言っても顔です。人中と呼ばれる鼻の下や、頬、額などが良いでしょう。

手のひらを近づけると、圧や熱を顔で感じることができることでしょう。

 

五感とその開発

色々と五感について述べてみましたが、気を感じるための共感覚で重要なのは、どこかに現れる再マッピング先の感覚を、注意深く感じることです。

 

往々にして思っていた(望んでいた)感覚と違うところで感じることがあります。

 

そこを見つけて伸ばすことで、他の共感覚の開発に繋がっていきます。そして自分の望む共感覚を得ていくことになります。

一つわかる感覚をよく感じることで、他の感覚やその感度(解像度)が上がっていくのです。

 

もちろんどうしても欲しい共感覚(まぁほとんどの人が視覚でしょうね・・・)をひたすら訓練していく方法もありますが、その時に重要なのは”楽しく”訓練ができるか?です。

 

なかなか上手くいかない共感覚の開発を楽しく続けられえるか・・・ですね。楽しくない訓練は長続きしないものです。

 

その点、望まない共感覚であったとしても、感覚のフィードバックがある方が楽しく続けられるのです。

 

今回はここまで

まだまだ書きたいことはありますが、次回に譲ります。

深部感覚=運動や挙重感覚が、IKTM流(私が修行してきたヒーリングメソッド:I had received the Knowledge and Trained healing Method.)の共感覚と関連があることを述べていきます。

鬼門の角度について

ほんじつはおめでとうございます。The Kerria Sasaと申します。

 

本稿では九星や家相で使用する鬼門の角度について、簡単な考察を行います。

占いの方位のお話ですね。

 

「鬼門を避けよ」というけれど、鬼門の方角と角度はどのようなものなのか?

そして今住んでいる家を色々調べたら、ギリOUTなんだけどどうしましょう・・・・

 

そんな方にも逃げ道が見つかるかもしれません!

 

代表的な方位の分割

さて、方位というと皆さんはどのような想定をするでしょうか?

一般的には地図上に乗せる方位磁石の分け方で考えるでしょう。

 

すなわち

 東、西、南、北

さらに、

 北東、北西、南東、南西

を加えた八方位でしょう。

図にすると以下のような感じでしょうか。

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この八方位は360度を45度均等に分割しています。

 

もちろん、さらに細かく

 北北東、東北東、南南西・・・・

と十六方位に分割する方法もありますが、占い的には八方位で考えてよいでしょう。

(もちろん流派によりますよ・・・後ほど触れる気学などは二十四分割なども使用します。)

 

この八方位では八卦(乾・坤・震・巽・坎・離・艮・兌)や九星の考え方にもスムーズに移行できます。

 

風水や家相を行う方において採用されることが多いですね。

 

もう一つ代表的なものが、以下のような方位分割方法です。

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これは、北東、北西、南東、南西を60度としています。均等ではありません。

北、南、東、西は30度になります。

 

この分割の方法は多くの九星気学の方が採用していますね。

 

60度(北東、北西、南東、南西)の部分を二分割し、合計十二分割して、十二支(子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥)に割り当ても行いやすいです。

 

さらに十干(じっかん)(甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸)と先の八卦と合わせて、二十四分割する方位もありこちらも気学に使用されることが多いようです。

(8+12+10は24ではないので、取捨選択して構成しています。)

 

各流派で分割角度や角度の割合は違いますし、同じ流派でも使い分けるところもあります。

(固定された方位をみる(家相とか)は45度、移動方向を見るときは60度とかです。)

 

鬼門の角度範囲

鬼門はご存じのように北東のことを言います。

 

IKTM流(私が修行してきたヒーリングメソッド:I had received the Knowledge and Trained healing Method.)の家相も含めて一般的には、注意すべき方向です。

 

例えば、家の中心から鬼門の角度内に、トイレなど清潔ではない場所を配置してはいけないなどです。

 

これまで紹介した方位分割による北東の角度(範囲)は、45度と60度でした。

 

実はこれ以外に鬼門の角度の考え方があります。

 

鬼門(北東)の中心線から前後15度(合わせて30度)を鬼門の角度とする流派です。

 

一部の家相の流派にはこの考えを採用するところが存在します。数は少ないですが。

(ちなみにIKTM流もこれです。)

「鬼門線」などでググるとこの考え方の流派を見ることができます。

 

さて、鬼門の角度は流派によって60度、45度、30度とあるわけですが・・・・

 

先日立ち寄った古本屋で以下の書籍を購入してさらなる発見がありました。

 

もっと鬼門の角度は小さくてよいという考え方があったのです。

これによると、

鬼門(北東)の中心線から前後11.25度(45度の1/4)合わせて22.5度が一般的で、実際はその半分の前後5.6度合わせて11.2度の範囲を考えればよい。

とあります!(家相・地相・墓相の研究、志賀 竜介、P305 鬼門の範囲より、ISBN-13:978-4785001841)

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実際の配置

ということで(?)、

家の中心からこの角度の中にトイレなどが無いように配置したいのです。

 

しかし最近は建売も多く、自由にレイアウトできないこともあります。

賃貸などもそうでしょう。

 

ではどの角度で考えたらいいのでしょうか?

もちろんお気に入りの占術を使えばよいのですが・・・・

 

60度の鬼門内に(ついでに裏鬼門(南西)も)入らないようにと考えると、じつはなかなか良い物件が無かったりします。

どうしてもトイレの個室がかかってしまうことがあるのです。

 

そこで、以下の範囲に入らないことで良しとします。

 

60度→45度→30度→22.5度→11.2度

 

これを「逃げ」といいます。

ベストではないですが、「まし」であるとするのです。

 

何故角度がいろいろあるのか?

これは個人的な考察になりますが、いくつか考えられられます。

各占術の先生の経験による結果

いろいろ経験されて、この角度でよいとされているパターンです。最後の11.2度などはそうだと思われます。

各占術の流派の理論による

方位のところでも紹介した、八卦、十二支などが占いの基本理論(?)にあり、その方位範囲がどうしても決まってしまうもの。

磁北と真北の誤差問題

方位系の占いのほとんどが基本的に真北(シンボク)を使います。磁北(方位磁石が示す北)と真北は違いがあるため、現地で磁石を頼りに占う場合は注意が必要です。

磁北は関東では約7度真北に対して傾いていますが、その場所によって変わります。日本国内でもその差異が有るのです。札幌市は約9度、那覇市は約5度など、約4度も異なります。またその角度は年々変化しています。国土地理院などのHPで確認することができます。

ですので、占断ミスを防ぐため、ある程度鬼門の範囲をだぶつかせているのです。

商売のため

鬼門の範囲が狭いと、比較的避けるのが容易です。しかし広いとその範囲を避けるのが難しく配置に悩むことになります。

おそらくまず自分で見て(ネットで無料で見て)、鬼門が気になって占い師のところに相談しに行く・・・ということで、占い師が儲かりやすい土壌ができあがります。

(故IKTM流の師匠はこれだと言っていました・・・)

 

 

鬼門の範囲についていろいろと述べてみました。楽しんでいただけたのなら幸いです。

 

ほんじつはここまでといたします。

 

thekerrias.hatenablog.com

 

意識にあげてみよう

ほんじつはおめでとうございます。The Kerria Sasaと申します。

 

本稿では気功の超基本について述べてみます。

過去記事にも一部記載していますが、重要な考え方なのでもう少し書いてみます。

 

実際に読んで頂いている方も試せるような内容にするつもりです。

 

関連リンク

はじめての気功 気功とは? - 気功を伝統と科学で学ぶブログ

はじめての気功 神秘の気の玉 - 気功を伝統と科学で学ぶブログ

 

気功の第一歩は意識にあげる事

気功を行うためには、その第一歩として「意識にあげる」があります。

 

無意識やこれまで感知しなかったことに気づき、意識にあげるのです。

情報を意識にあげるのです。

 

この気づいていない情報を感じて意識にあげることで、その気づいた事柄にアクションが取れることも目的の一つです。

意識に上がったもの、気づいたものをいかにコントロールするかが気功です。

 

そしてこの「意識にあげる」は何も気感に限ったことではありません。

(気感とは一般的に見えない”気=情報”をなんらかの五感でキャッチすることです。ビリビリするとか、モヤとして見えるとかが一般的ですかね。)

 

重要なのは、これまで感じていなかった事象(無意識)を意識にあげることで、リアリティ(臨場感がある世界)をゆらがせることになることです。

リアリティを揺るがせることで、相手又は自分の無意識に介入する(内部表現の書き換え)足がかりとします。

 

これを”Rゆらぎ”と言います。

苫米地英人氏が定義したのかな?

 

いずれにせよ、意識にあげることでRゆらぎを起こすことが、気功の基本になります。

(Rゆらぎはさらに様々なテクニックがありますが、気功を行う上では上記を意識してもらえれば良いかと思います。)

 

意識にあげるあれこれ

ではこの”意識にあげる”の具体的な事例を述べてみます。

実際に感じてみて、無意識を意識にあげる感覚を体験してみてください。

 

まずは気功の練習と思って楽しみながら行ってみてください。

感覚(五感)を意識で捉えることが一般的でしょう。(一般??)

 

触覚を意識にあげる

このブログを読んでいる方はどのような体勢でお読でいるでしょうか?

座っている方は、椅子の質感をおしりで感じていますか?

どうなっているか気にしていましたか?

改めて感じてみてください。

(この例は認知科学系の方がよく用いる例ですね!)

 

立っている方は、足の裏の感覚。どのような硬さを感じていますか?

これまで気にしていないことを改めて気にすることが、無意識を意識にあげることと言えます。

 

このように普段から触れているけど気にしていないところを、片っ端から感じてみてください。

 

膝の裏に何か触れていますか?

指輪は?ネックレスは?

お腹周りの服の擦れは?

 

普段感じていない情報を感じて、意識にあげてみましょう。

 

行為と感触を意識でとらえる

次に動作に伴う感触を意識にあげてみてください。

同じく物理的な感触を意識にあげます。

 

例えば、両手のひらをピッタリと合わせてみてください。

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中指のすぐ下の部分と手のひらの真ん中は同じ感覚でしょうか?

触れ方(力)が違うので、当然微妙に違うはずです。

普通に神社で拝んでいるときに、このような感触の違いを感じたりしていませんよね?

 

他の掌の部分はどうでしょう?

 

人差し指と中指の触れている感触は同じですか?

温度は同じ? しっとり具合は?

手首の力の入り方は?

 

また、右手で自分の左手首を軽くつかんでみてください。

同じようにどのように感じますか?

掴まれた手首の皮膚は何を感じてますか?

人差し指近辺と小指近辺では感触が違うのではありませんか?

 

などなど、自分の動作の結果現れている、普段は感じていない感触を情報として意識にあげてみましょう。

 

気を感じて意識にあげてみる

いよいよもう少し気功っぽいことをしてみましょう。

気を感じて、意識に上げてみます。

気=情報でした。

 

再び両手のひらを合わせてください。(指先は前方に向けて)

先ほどと同じように、掌の感覚を意識に上げてください。

 

そして1~2cmほど手のひらを離してみましょう。(指含めて互いに触れないように)

掌の感覚をよく感じてください。すなわち意識に上げてみましょう。

 

何か感じますか?

 

それが気の感覚であると確証する必要はありません。

”何か”を感じることが重要です。

 

あたかい? 風が吹いている? 磁力? ふわふわ?

ジンジン? ピリピリ? モゾモゾ?

なんでも良いです。

 

勘違いかもしれませんが、それすらも楽しんで感じてみましょう。

すべて感じて意識に上げましょう。

 

まさにこれが気功の第一歩になるわけです。

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もう一つ紹介します。

 

両手のひらを顔にピッタリとつけてみましょう。

指が上、手首が下で目を覆うおうに、なるべく隙間がないように。

その状態でちょっと手を顔の皮膚からちょっと浮かせてみましょう。

 

この時、手のひらで何か感じます?

対面する顔の部位によって違いはありますか?

 

逆に顔の皮膚は何かを感じますか?

鼻の下は敏感です。何か感じませんか?

(はんだごてが温まったかどうかを確認するときに温度を感じる場所です。電気技術者あるあるですね。)

 

暖かさや、呼吸の風意外に、何かありませんか?

手のひらと同じように、ピリピリ、モゾモゾしたりしますか?

また、閉じた瞼の裏の明るさに変化はありませんか?

(もしかしたら丹光と呼ばれる現象が見れたらラッキーと思ってください)

 

気を感じるの五感は、思いもよらないところの場合もあるので、全身をセンサーにして感じてみてください。

 

気を”見る”にレッツトライ

ちょっとチャレンジしてみましょう。

気をみてみましょう。

 

意識にあげるためのチャレンジですので、気が見えるはずがないという思いはとりあえず横に置いておきましょう。

見えないものを意識にあげたてみたいですよね?(厨二病的に)

 

さて、気を見て、その視覚を意識にあげれるかどうか!です。

 

やり方です。

左右の手の指先どうしを軽くつけます。右の人差し指先と左の人差し指先、同じく中指、同じく薬指と3本の指先をつけます。3本の指先を合わせます。

(やりにくければ本数はいくつでもOK)

 

そしてこの状態でまずはその触れた感触を意識に上げましょう。

これは次のステップの序章です。じっくり感じてください。

指先はどんなかんじですか?

暖かい? ビリビリする? それとも冷たいでしょうか?

 

次に指を左右に離していきます。ゆっくりと1〜2cm程度が目安です。

指が離れた状態で、その指間をぼやっと見ます。

 

何か見えますか?

何かあるような感じ? 白いもや? 湯気のような?

 

見えなくてもかまいません。

見えるというよりも感じるに近いかもしれません。

 

しばらくしたら、また指先を合わせて感触を意識に上げて、そして指を離して見てみましょう。

瞬きはなるべく少なくして、焦点を少しぼやかすのがコツです。

 

指の間に何か見えたらラッキーぐらいの楽しみ方でいきましょう。

 

見えない情報を意識にあげることができたでしょうか?

うまくいくとオーラが見えるかもしれません。(厨二病的に)

 

気=情報が、視覚として意識にあげる=見える、というわけです。

 

この気を”見る”は数十年前から行われている方法です。(後述)

 

視覚と動作

気とかオーラとか見えん!っていうかいやだ!

という人は実際に実物を見て、その視覚した結果を意識に上げてみるとよいでしょう。

 

見て意識にあげるのは自分の手の動きです。

 

やり方です。

 

床や机に、自分の親指でますぐの線を引いてみましょう。

 

肩幅よりも少し広い距離を、左から右へ線をまっすぐ引きます。

線を引く速度は左から右で2秒ぐらいです。

この時、均等のスピードで引きます。線を引く最初から最後まで均一のスピードです。

 

さて、この線を引くときにその指の軌跡が本当に真っ直ぐでしょうか?

 

線を引く最後の方、又は真ん中あたりは膨らんでいませんか?

線を引く速度は本当に均等ですか?線を引く最後はスピードは上がってませんか?

 

指の軌跡を意識して、体の精妙なコントロールを意識してみましょう。

(実はこれIKTM流(私が修行してきたヒーリングメソッド:I had received the Knowledge and Trained healing Method.)の修行方法の一部だったりします。)

 

今一度、自分はまっすぐ引いているつもりでも、実は曲がっていませんか?

スピードが一定ではない場所がありませんか?

そこを認識して意識して動作を修正してください。

 

この時これまで感じていないことが意識に上がっているはずです。

 

細かく捉える

このように無意識の部分を意識にあげるわけですが、その際になるべく解像度を高く捉えることが重要です。

 

細かくすればするほど気づく部分が多くなります。

 

ちなみに解像度を高く意識にあげるだけで、自己に対する気功ヒーリングになります。

手のひらを合わせて、解像度高く意識にあげるだけで、肩から腕のこりが解消するヒーリング効果が発現したりするものです。

 

繰り返しになりますが、まさに気功の入り口です。

初歩ではありますがどんな気功の達人でも使用している(抽象度の違いはありますが)重要な気づきなのです。

 

おまけ

思えば空手家柳川昌弘氏のオーラ視の本(あなたにもオーラが見える ISBN-13 ‏ : 978-4584006849)が最初に買った気を見る本であったなと、おじさんは懐かしく思い出すのです。30年ぐらい前の本ですね。

 

ほんじつはここまでといたします。

共感覚は気功に必須か?

ほんじつはおめでとうございます。The Kerria Sasaと申します。

 

本稿では共感覚について思うことを述べていきたいと思います。

これまでも本ブログでは共感覚について述べてきましたが、また変わった切り口の考察をしてみました。

 

共感覚について

共感覚とはざっくり言うと、

入力された情報が脳と心で処理されて異なる五感に再マッピングされてそれを人が認識すること、

となるでしょう。

 

学術的な定義があるかどうかはわかりませんが、少なくとも気功を行う上ではこのように認識すればよいかと思います。

 

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一般的に脳の誤認識と言われたり、脳の素晴らしい機能であると言われたりしています。

 

共感覚について紹介した書籍もいくつか出ています。

ただ本当の仕組みはまだ解明されていないようですね。

 

私の昔の共感覚体験

共感覚を何で感じるかは人によって異なります。

得手不得手もあります。

 

しかしみなさんが一番欲しいのは視覚に再マッピングされた共感覚でしょう。

いわゆる気が見える、霊的情報が見える・・・といった類です。

憧れですよね? 気とか霊とか見えるの。中二病的で。(笑)

 

この視覚共感覚なるものは私には備わっていないと思っていました。

しかし思い出すと決して経験がなかったわけではないようです。

 

この共感覚という概念を知らないときは、寝ぼけて幻覚のようなものを見ていたのだと認識していたのです。

 

例えば、電車に乗っている時”うとうと”しながら、ふと前に座っている人の顔をみると、その顔色が緑や黄色に見えるときがありました。びっくりしてしっかりと見直すとスー―っと普通の顔色に変わっていったのです。

 

また、白地に黒の文章の一部の単語が赤文字にみえることもありました。このとき特定の単語だけが色が変わっていたのかどうかは確認できたら面白かったのですが、残念ながらできませんでした。そしてこの時も”うとうと”した状態でした。

 

これら体験はそれぞれ複数回体験しています。

 

いずれも”うとうと”すなわちある種の変性意識状態にあった時と解釈できます。

 

ただし、”うとうと”なので変性意識状態になることをコントロールしているとはいいがたいです。しかし脳が誤認識をして共感覚的な働きをしたことが想像できます。

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気功に共感覚は必要なのか?

共感覚による内部表現の書き換え」が認知科学気功の定義です。

おそらくほぼすべての気功(認知科学式以外の)にもあてはまると思われます。

 

共感覚で情報(=気=クライアントの状態)を検知し、その検知に基づいてその情報をコントロールするわけです。

 

気功の定義そのものですね。

 

上記の説明は”情報”を”内部表現”、”コントロール”を”書き換え”と読みかえると、認知科学気功の定義である、”共感覚による内部表現の書き換え”となりますね。

 

ということは共感覚は気功に必須のものなのでしょうか?

 

測定なくしてコントロールなし

気功に共感覚が必須かどうかを考える前に、もう少し掘り下げます。

 

”測定なくしてコントロールなし”

これは某企業の品質スローガンだったりします。

 

この標語は気功にもあてはまります。(これまでも本ブログ内で述べています。)

 

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この元ネタはウィリアム・エドワーズ・デミング博士が言ったと言われている

「測定できないものは管理できない」

と思われます。管理をコントロールと置き換えればよいですしほぼ同義です。

しかしながら

W・エドワーズ・デミング - Wikipedia

によると、

It is wrong to suppose that if you can’t measure it, you can’t manage it – a costly myth.
W. Edwards Deming, The New Economics, page 35.

ですので、「測定できないものは管理できないはまちがい」が正しいとされています。

都合の良いところだけ抜き出されていったのでしょう。

(もちろん、測定は大事で十分ありきの前提です。これを間違えるとみんな根拠のない勘でおこなってしまいます。)

 

ここでハッと気が付くのです。

 

これは管理すなわちコントロールするためには、”測定”におけるインプットが直接の情報の測定=検知でなくても構わないという意味も含んでいます。

 

ということは気功に置き換えると、気の感覚のインプットだけが重要なのでしょうか?

 

ここで自問自答します。

 

気功の効果が出ない言い訳を、共感覚がうまくつかめないせいにしていないか?

 

直接的なまたは自分が思い描くような共感覚がなくても、他に検知する方法があるのでは?

 

マッピングされた共感覚に見落としはないか? 五感のどこかに変化はないか?

 

共感覚がなくても、観察と知識から推論し原因にフォーカスできるのではないか?

 

共感覚がなくても気功の効果・結果から気功施術の正しさが測れるのではないか?

 

特に気功の上達にお悩みの方は考えてみてください。

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改めて共感覚は気功に必須か?

で、先の問いに戻ります。

共感覚は必須でしょうか?

 

いきなりですが結論としては”最低限一種類はあったほうが良い”でしょう。

 

何か一つでもあったほうが良いです。触覚でも視覚でも。

 

共感覚が全くないと、全ての基本である気の玉が作れません。

たとえパントマイム的に作っても、その気を感じない状態で気功を続けることなどできないでしょう。あまりにも馬鹿馬鹿しくなるはずです。

 

また気功技術の臨場感を得ることが(ほぼ)できないので、全く共感覚がないのは厳しいかもしれません。

 

もう一つは気功を続ける小さなモチベーションの一つが”気を感じる楽しさ”にあると思います。

 

このモチベーションと気功を行う目的またはゴールがあるから、気功を続けられるのだと思います。

 

ただしIKTM流(私が修行してきたヒーリングメソッド:I had received the Knowledge and Trained healing Method.)のように気感(共感覚)が一切なくてもOKな流派もあります。共感覚はあってもなくても良いというスタンスでした。実際に全く気の感覚がない人でも、気功師として開業している人もいましたね。

(しかしこれはレアなケースで、多くの人が多かれ少なかれ気感を得ているのが実状でしたが。)

 

とはいえ個人的には気を感じて(あるいは見て)楽しく気功を行って欲しいと思っています。

 

共感覚の落とし穴

先のIKTM流が共感覚を必須にしていない理由は、共感覚に頼りすぎると間違いが起こる確率があがるからです。

 

特に共感覚が視覚となる場合、その正誤の判別が難しくうっかりクライアントに伝えたりするとトラブルになることもあります。

 

例えば胃の施術をしているのに、気の感覚によって肝臓の方が黒く見えて(悪いところは黒く見えることが多い)肝臓の施術にシフトしてしまうような場合です。

 

気功師としてはより良い結果を求めての行動ですが、クライアントにしてみれば”何をやってるんだ”です。

 

しかもその時”いや、あなたは肝臓が悪いんですよ”などと言おうものなら、トラブルどころか医師法違反とも捉えられてしまいます。

 

このように共感覚のみに頼ると間違えることがある(またはトラブルがある)ことは覚えておくべきです。

 

ですので共感覚で捉えた感覚・結果を、知識で補完して慎重に判断すべきです。

(それでも人の判断ですので、100%正解は難しいですが)

 

もちろん自分の中で閉じているのなら好きに判断しても良いのですが、気功に効果があるかどうかのフィードバックを必ず取りましょう。

 

 

ほんじつはここまでといたします。

 

数字運勢

ほんじつはおめでとうございます。The Kerria Sasaと申します。

 

今回は久しぶり(?)の占いネタです。

数字運勢です。

 

IKTM流(私が修行してきたヒーリングメソッド:I had received the Knowledge and Trained healing Method.)の備忘録でもあります。

 

運勢は数字に宿る

このように書くとなにか仰々しい感じがしますが、実際は皆さんよくやっています。

何か数字を選ぶときに”ラッキー7”だとか、”111(ピンピンピン)”とか。

 

特定の数字を選ぶことで

  • 幸運が来る
  • 来るような気がする。来るんじゃないかな?
  • なんでもいいんだけどどうせ選ぶならご利益があるといわれているものを選ぼう

などなど。

意図して数字を選ぶことがあるのです。普通に。

 

この意図して選ぶ数字に、運勢が宿るとされています。

 

もう少し違った言い方をすると、変えられる番号、又は変えられないが自分が決めた番号に運勢が宿ります。

ランダムに自動的に割り振られた番号でも、後から変えられるようなものには宿ります。

逆にランダムに決められて且つ変えられない番号には運勢は宿りません。

 

例えば以下の番号に運勢が宿ります。

  • 電話番号下4桁:これは選択することや後から変えることができます。
  • 車のナンバー:これも自分である程度決めることができます。
  • 生年月日:自分で選んだ日に生まれたとみます。

っていうかこれぐらいしか使い道がないといううわさもあります。

 

数の宿りについて

数字運勢では一桁、二桁、三桁の数字にはそれぞれ意味があるととります。

ただし、二桁の数字にも意味はあるのですが煩雑になるため通常考えなくて良いとしています。二桁を考える場合、一桁目が主な運勢で50%の宿り、二桁目の数字は一桁目の半分の25%宿る効力です。三桁である場合、三桁目は二桁目のさらに半分の効力であとされています。

 

また数字の運勢を判断するときに、数字が教えていない先のこと、枠を越えたことを言ってはいけません。

自分の感じ方が入ってしまうのを防ぐためです。

この辺は一般的なタロット占いなどと違うところですかね。

 

そして数字運勢の占断は、ある意味おおざっぱです。抽象的とも言えます。

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基本の単数の宿り

IKTM流では数字自体に細かい意味をもたせません。

その吉凶の度合いがあるだけです。

 

以下のようになります。

最良← 1・5・7・3・8・9・6・4・2・0 →最悪

良い(1・5・7) 普通(3・8・9) 悪(6・4・2) 最悪(0)

 

私は8は良/普通どちらでもよいと教わりました。IKTM流の師匠はそのまた師匠から普通は9368と教わったとのことです。ですので8は普通領域におきました。

また6も悪におきましたが、ほぼ普通です。

4と2は悪ですが、その度合いはほぼ同等です。

 

偶数と奇数

数字運勢を見る上で重要なファクターとして、その数字が偶数か奇数かといことがあります。

 

奇数は陽数、偶数は陰数と呼ばれます。

 

運勢が良いのは奇数です。

 

これは中国でも同じであり、この数字運勢は中国の影響を受けていることが予想されますが、日本の歴史上では縁起の良い数字が偶数であった時期もあるようです。

時の天皇が設定したとかしないとか・・・。(証拠はないです。故師匠の発言です。)

 

組み合わせの宿り

基本の吉凶の度合いと、陽数陰数を抑えたところで、いよいよ具体的な例を紹介します。

 

数字運勢は数字が組み合わせたものを見ることが多いです。

そのなかで幾つか判断において例外があります。

・2が四つだと良。(2は本来良い数字ではないにもかかわらず)

・1が四つだと最悪。

・0が二つ以上は超最悪。

など”裏にかえる”が発生します。

 

さて以下に紹介する数字列以外でも様々な活用が効きますので色々楽しんでみてください。

 

誕生日、生年月日

生年月日は日本人であれば年号(昭和など)を使用し、外国人であれば西暦を使用します。

 

また生年月日の結果は自分自身の感じ方のみです。他人がどうのではないとされています。

 

通常、数字運勢は下記のように表・内・全体の数字運勢を見ます。

それぞれの内容は例にあるとおりです。(スマホ表示だと見づらいかも・・・・すみません。)

 

例1 S17.2.7 →表運・外運(社会的にどう見られるか、出世するか)
     8  9  →内運・経過運(自分でどう感じるか)
      17   →全体運

 

例2 H2.5.9  →奇数桁の場合は真ん中の数字は伴侶を示す。この場合は
    2  14    良だが、もっとよい人を求めてしまう人もいる
     16

 

例3 S64.12.30 →真ん中がない場合は何事もなく通過経過していく
    10  3  3
       16

 

その他 H1.1.1
     1  2
       3

    S17.12.7
       9   9
         18

    H1.10.1
      2  1
        3

 

電話番号

市街、局番は決まった物だから見ません。(変えられない物には運勢が宿らない。)

電話番号の末尾を見ます。(下4桁)

 

電話番号では主に商売運などを見ます。

で、以下がその例です。

 

例 2 1 1 1 →外運
    3   2  →内運
      5  →全体運

 

商売には”7”もよいとされています。”突然当たる”の意味があるのです。

私も新しい携帯電話などで番号を選ぶ時、咄嗟に上記の内容を思い出して決めます。

慌ててミスったこともありますが・・・。

気になる人は電話番号を買っても良いでしょう。

 

ほんじつはここまで

数字運勢は占いですので楽しんで行うことが必要です。

生活に支障の出ない範囲であることが重要です。

(こんな簡単な数字運勢占いでも、ガチでやると実生活が窮屈になる人がいるのですよ。)

 

どうしても数字を変え得られない生年月日などは、通称などを使って悪い生年月日の影響を回避する方法があります。(公の書類以外の生年月日の記載や公言をかえるのです。まぁ面倒なのでおすすめはしませんが。)

 

また姓名判断も画数の数字運勢が基本となりますが、まぁいろいろありますのでどこかで紹介します。

 

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さらにドバドバ~固いバルブを回す

ほんじつはおめでとうございます。The Kerria Sasaと申します。

 

前回の投稿で、ドバドバと手(指)から気を出すコツというか注意点のようなものを紹介しました。

今回はさらにドバドバするためのヒントです。

 

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気功で気を出すために、気功的な技術をつかうという話になっていきます。

 

もっとドバドバ

気をさらにドバドバと出したいのです。

体を緩ませリラックスさせた状態からさらに・・・です。

 

手や腕の完全脱力だけでなく、体全体のリラックスを行います。

ここからさらに気を大量に出すにはどうしたらよいのでしょうか?

 

いくつか方法はあるのですが、今回はとある臨場感を使用した方法を紹介します。

 

ドバドバを阻害する経路

気は腕を通って手や指から出ていきます。

体の中枢から腕を通って出ていくのです。(異論は認めます。)

 

力を抜けば抜くほど気の出力が上がる理由はいくつかありますが、その気の経路の問題があります。。

力が抜けてリラックスした経路が必要なのです。

(武術系の気功では特殊な緊張をさせるものもありますが、それとは違う理論ですね。)

 

力を抜く、脱力する、リラックスするのは、筋肉だけでなくあらゆる組織がその対応になります。

 

骨(関節)、皮膚、血管、リンパ管、神経、筋膜、靭帯、などあらゆるものを意識にあげるとよいです。

単なる”腕”ではなく、解剖学的に解像度を上げてみましょうということですね。

(緩んで解像度が高い方の腕は気がたくさんでるのです。)

 

こうすることで、リラックスできていない=緊張が残っている部分が分かってくるはずです。

この”分かる”はかなり重要です。

 

認識することができれば対処することができるのです。

また不思議なもので分かっただけで自然と緩むこともあります。

 

このようにこれまで気づかなかったところも含めて、徹底的に緩めてみましょう。

そして前回紹介した”幽霊の手”をしてみてください。

 

どうでしょう?

 

出る感覚、受ける感覚が増したのではないでしょうか?

 

情報的に経路を開けてドバドバ

徹底的にリラックスして緩めた腕は、気の経路として理想的なものです。

でも貪欲な我々はもっと出したいのと思うのです。もっともっと!です。

 

気の流れを阻害するものはもうないのでは?と思うかもしれません。

 

確かに”物理的”には限界までケアしたかもしれません。

(腕を物理的になくしてしまうとかはナンセンスですよね。とはいえ物理ももっと奥は深いのですが。)

 

しかし”情報的”にアプローチする方法があります。

そのうちの一つを紹介します。

 

導入はイメージを使います。

 

腕の中に気が通っている管があると想起します。

あまり細い管ではない方が良いようです。

太すぎてはダメですが腕と同じぐらい太くてもかまいません。

 

その管の肘の上あたりに、”バルブ”があると考えます。

流れを堰き止めたり流したり調節するあれです。

水道やガスのそれですね。

 

バルブのとっての形はなんでも良いです。蛇口のようでも良いです。

ただし握りやすく回して開けるタイプのものが良いでしょう。

 

そしてこのバルブは非常に固いものです。簡単には回せません。

ガッチリと固く動かないものです。

このバルブが気の流れを堰き止めているのです。

 

以上のようにイメージします。

 

ではいよいよ気をドバドバです。

 

気の管の内の流れがこのバルブで堰き止められているのだから、開けてあげればいいのです。

パントマイムのように、肘の上のバルブを回します。

 

ただし固いので思いっきり力を込める臨場感で開けていきます。

クルクルとは回りません。超ガンバって回します。

 

注意点として体に力が入ってはいけません。せっかくのリラックスが台無しです。

リラックスした状態で、思いっきり力を入れた臨場感で回します。

 

おそらくほんの少ししか回らないはずです。

このとき腕の中の様子を感じてください。

 

これまでは違う気の流れを感じませんか?

 

これを左右の腕のバルブを行ってください。

何度でも行ってOKです。

 

そして幽霊の手で確認してみましょう。

受ける感覚だけでなく、出ている感覚も増しているはずです。

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無理やり回す臨場感の応用

実はこのバルブの感覚は、気功技術としてパッケージ化されています。(気功技術として伝授が可能ということ)

 

ここで重要なのは、”固いものを回す”臨場感です。

 

気功技術を持っていない人でも、臨場感による疑似的技術の発火ともいえる状態になります。(もちろん伝授を受けた方がより効果はありますが)

 

この臨場感を使って他のことにも応用的な使い方ができます。

 

例えば頭の回転をあげることに使えます。(これまた気功技術化済ですが)

この場合バルブではなく噛み合ったギアのような感じです。

 

自分の頭の回転を概念として取り出し(気の玉として)、この固いものを回す臨場感で気の玉のギアを回すのです。

コツは同じです。力を込めて無理やり回そうとする臨場感です。

 

頭がスッキリしたり軽くなったような感じが出れば成功ですね。

ただしその場でフィードバックが取れない場合もあるので、日常生活の変化を感じ取って下さい。

 

また上記のように気の玉を使った方法もあることから、この技術(!)は他人のものも回せるのです。

共感覚で正しくバルブやギアを掴むと、相手の状態をそのバルブの硬さで知ることできるようにもなります。

 

本日はここまで

一部中途半端な感じあもありますが、ここまでとします。

 

さらに気をドバドバする方法としては今回紹介した以外にも、呼吸、大周天(外気取り込みや抽象度の上昇)、動功的手法(気が出やすく感じやすくなる体操)、静功的手法(気が出やすくなるチャクラの活性化など)、伝授システムを用いたもの等がある(多分もっとある)のですが、それはまたどこかで。(すでに一部本ブログ内のどこかで一部紹介しています。)

 

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