霊術と気功を伝統と科学で学ぶブログ

Sun-Light Yellow Arts :あともう一つの解決方法をあなたに

お金をいただくということ

ほんじつはおめでとうございます。The Kerria Sasaと申します。

本稿では気功やヒーリングを行うことで、お金をいただくことについて書いていきたいと思います。

 

あったほうが良いでしょう

一昔前はいざ知らず、最近のヒーリング業界はヒーラーがクライアントからお金をいただくことが当たり前です。

”気”などの見えない技術を使わない整体なども同じです。(鍼灸は気やツボの理論で行っていますが国家資格が必要ですね。)

もちろん無料ヒーリングなどを行うヒーラーも沢山いますが、それは自身のヒーリング活動を広めるためのものが多いでしょう。

いろいろな考えがありますが、私はヒーラーがお金を頂くことはあったほうが良いと考えています。

 

ヒーラーの側面

お金をいただく以上、結果を出すことが必ず求められます(無料でも求められますが、後ほど少し触れます)。

ですのでヒーラーは技術向上や結果を出すための工夫を行い続ける必要を感じます。

お金をいただくヒーラーは、定めた料金内ので施術するのが基本です。

サービス施術をした場合でも、実はそれは料金のうち(無意識に)だったりします。

もちろんより効果を出すために、無料で施術を行うことはありますが、クライアントには黙って行うことがもありまが・・・。(この辺は性格にもよりますが。少なくとも私はそうです。)

いずれにせよ、ヒーラーの向上のためにはお金をいただくほうが良いのです。

 

クライアントの側面

金を支払うのだから、必ず効果が欲しくなります。

ガツンと効果がある場合(診断の結果に数値で出るなど)は良いのですが、そこまで行かない場合でも効果を感じようとします。

そしてその効果が料金に見合うか?を考えて、施術を継続するか終わりにするかを決めることができます。

またヒーリングにネガティブな感情を持っていて、どうせ効かないだろうと思っているようなクライアントでも、心のどこかで効果が出ることを受領するすることができるようになります。

ヒーリングは効かないと言う思いを、お金を払うことで効果を感じることを”許す”という感じです。

逆に無料の場合、僅かながらも効果があっても、それを感じることができずに折角のチャンスを逃してしまうこともあるのです。

(ほら、やっぱり効かないじゃんと言う気持ちが勝ってしまう。また、まぁ無料だから・・・となる。)

そして料金を明確にすることにより、クライアントがヒーラーを選ぶ時の判断とできます。

ヒーリング業界の価格はピンキリではあります。クライアントがヒーラーを選ぶときには基本的に価格をみて選びます。

料金が高いヒーラーへの期待値は当然上がります。

結果に対してシビアになっていきます。

ヒーラーもそれを承知で料金を設定しているので、覚悟と自信を持って依頼を受けているはずです。

 

両方の側面

ヒーラーとクライアントとお金の関係となることにより、一線を引くこととなります。

クライアントと親密になりすぎないと言うことです。

例えば家族などへの施術の場合など、純粋な施術に対するお金のやりとりが発生しない場合、お互いが甘えを作ってしまいかえって施術が長続きしないこともあります。

これを回避できる場合が多くなります。

 

【参考】以前私が知り合った無料ヒーラーのおもひで

ちょっと今回の内容とは外れてしまいますが、思い出したので書いてみます。

ごく稀に完全ボランティアのヒーラー方もいますが、なかなかお目にかかれません。

私の知り合いに、「気功でお金を頂くなんて許せない・・・」といっていたヒーラーがいました。

その人は某銀行の幹部でお金に余裕があり、かつ某宗教に非常に熱心な方でした。

非常に特殊な状況の方と言えるでしょう。経済的に余裕があるのでお金をいただかなくても問題ない人ですね。

ヒーリング技術を有料で学び、自分の気功技術を無償でふるまっていました。

最初は非常に繁盛(?)していましたが、突如ヒーリング活動をやめてしましましたね。

理由は教えてくれませんでしたが、なんとなく予想はつきますよね。

まぁ人間なんてララーラーララララーラーです。

その後その方はますます宗教に熱心になっていきました・・・・。

 

今回はここまで

今回はここまでといたします。

ヒーラーもクライアントさんも、いろいろなスタイルがあります。

お金の考え方もそれぞれです。

私の考えが良いとはいえません。

参考になればと思って、記してみました。

あ、”人間なんてララ”の意味がわからないBoys&Girlsは、”吉田拓郎”でググりましょう。

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嗚呼、素晴らしきかな気功

ほんじつはおめでとうございます。The Kerria Sasaと申します。

本稿では気功を行っていてよかったと思うことについて述べてみます。

あくまで個人の感想なので絶対的なものではありませんが、是非ご参照ください。

 

人生のツールとして

認知科学式気功を行うヒーラーの多くの方はその気功の成り立ち上、人生をよくするためのコーチングと深く結びいついた活動をしている方が多いです。

気功を豊かなそして思い通りの人生を歩むためのツールとして使用します。(ある意味そのツールは気功である必要はないくらいです。)

そんな人生のツールとして活用できる気功ではありますが、もう少し身近な(?)困りごとについて気功は使用できます。(大きな意味ではそれは人生のツールと一括りにはできますが、悩みがある状態ではなかなかそのことに気がつけません。)

thekerrias.hatenablog.com

 

やっててよかった

個人的にではありますが、気功をやっていて心からよかったなぁと思うことがあります。

それは、一般的な困りごとを解決する方法以外のやり方として存在してくれることです。

しかも、ほとんどの人が知らない(自分だけの)、しかし効果がある(と私は信じている)方法なのです。

 

例えば病気。まずはお医者さんにかかり、それ以外にも漢方、鍼級マッサージ、整体やカイロプラティックなど一般的に知られる先生にかかります。

これで解決すれば良いのですが、残念ながら治らない(または望む結果ではない)ことがあります。

例えば、冷え性、肩こり腰痛、アレルギーなどがその典型でしょう。もし上記の一般的な医術(類似行為)で解決するのであれば、こんなにも世の中に困っている人はいないはずです。

その困った症状を解決する、または補助するもう一つの手段として気功を使用することができます。

(お医者さんの診断は受ける必要はありますよ。診断時に気功を言う必要はないですが。)

thekerrias.hatenablog.com

 

 そして個人的にもっともよかったと思うのが子育て、及びそのストレス対策です。

親のエゴであることは重々承知なのですが、私は子育てに気功を使用しています。

勉強、生活態度、性格一般、親のストレス、などなど・・・

一般的に、自分で考え、子育て本を読んだり誰か(友人、親、カウンセラー)に相談したりして解決を試みます。もちろん私もそうしています。

しかし子育ての経験がある方ならわかると思いますが、子供は千差万別。教わった方法を試しても効果がないものが多いと感じたことはありませんか?

そんな時に、気功(内部表現の書き換え)を試してみるのです。

(子供の問題は親の問題であり、親の問題は何らかの形で子供に現れるものです。)

 

ポイントは

重要なのは、このように困った時(手詰まりの時)に”何かすることがある”のを持っていると言うことです。

子育ての場合、”親側”の心の安定に非常に非常に寄与します。(育児ストレスで別人のようになってしまうパートナーを見続けるのはとても辛いことです。)

親が自身に気功をして、リラックス効果でストレスがなくなると言う意味ではありません。

子供のために何かできる状態であることが重要です。

 

もちろん気功は100%の効果を保証するものではありません。しかし何もしないで途方に暮れるのではなく、何かアクションが取れるのです。そして気功の施術の切り口は非常に多いのも特徴です。工夫して様々な施術を試すことができるのです。

言い換えると、少しでも希望がある状態でいることができると言えます。(何度も言いますが、100%対応できるわけではないですが)

 

どこかの気功の大先生や、気功をツールではなく思想として扱う人から見ると、何ともしょぼい使い方をしているのかとお叱りを受けるかも知れませんね。

気功を闇雲にやっているようだけに見えるかもしれません。

しかし、私は、私たちは完璧ではない不完全な存在です。そして多くの人がサイコパスになりきれないのです。

自分のそして家族のために何かをする行為はごく自然であると思います。

 

生活の”光”として、気功またはヒーリングがあると私は考えています。

 

最後に

本稿はある意味気功の効果や使い道といったことを述べていることになりました。しかし気功にはこれ以外にも多くの使い道(使い方)があります。

能力開発(IQ向上、性格改善)、人間関係の改善(親子、同僚、縁結び)、身体能力の向上などなど・・・

是非、自分ならではの使い道を見つけて、気功を役立てて欲しいものです。

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気の玉をシェア

ほんじつはおめでとうございます。The Kerria Sasaと申します。

本稿では、気功における気の玉において、自分で作った気の玉を第三者に渡した時の感覚について述べていきます。

気功は独学もできますが、やはり他の方と練習した方が気づきも多いですし、楽しいですね。

 

気の玉を渡す

以前の投稿で、気の玉の手触りとして解説をしてみました。自分で気の玉の手触りを意識でコントロールして、実際に手のひらに感じる感覚を変えるワークなどを紹介しています。

 

thekerrias.hatenablog.com

 

これらの気の玉ですが、第3者に渡すことができます。封入のように相手の身体の押し込むのではなく、手渡しするのです。

本当に手の中のボールを相手にゆっくりと丁寧に渡す感覚です。

臨場感が伴っていると、渡される方には渡された感が、渡す方にも渡した感があります。

実際にボール(気の玉)が移動するのです。渡した方の手の中には気の玉がなくなった感覚が出ます。

逆に渡された方には何らかの感覚が手のひらに現れます。暖かいモヤのようなものを渡されたと感じることもありますし、重みを感じることもあります。

 

人によって違う

何も考えずに単純に作った気の玉はその人のアバター(分身駅存在)となります。ですので人によって作り方のプロセスがおなじでも、できた気の玉は別物です。別の情報が入っています。(気=情報でした)

ですので、その手触りも異なります。

この人の気の玉はふわふわした感じ。この人は重い感じ・・・・などなどです。

この時純粋に渡された気の玉の感覚を楽しむのが良いでしょう。

しかし渡された人がソリの合わない人であったり、エッジが効きすぎているような人だと、その心の色眼鏡で気を感じてしまいガチです。

完全にそれを除去することはできませんが、フラットに心のリップルを抑えて感じてみてください。

 

気の玉渡しのワークの例

以前この気の玉を作って渡すワークをしているときに、気の玉を作るときに情報を入れながら作って、その玉を渡したら、その相手の人はどのように感じるか?やってみたことがあります。

まずは、何も考えずに普通に(?)作って渡してみます。

お相手の方は、重みを感じるしっかりとしたボールが渡されたとのこと。

次に、”熱い”感覚を想起しながら気の玉を作り、その旨を言わずに黙って気の玉を渡してみました。

当然お相手の方からの、”先ほどよりも熱い”のコメントを期待していたのですが・・・

しかし、”渡された瞬間はボール状だったが軽かった。すぐに形が崩れる感じがした。”とのこと。

また他の機会で別の方に行った時は、”熱いボール”と感じることもあったのです。

これは何を示しているのでしょうか?

 

気の感覚と情報

その最大の原因のは、私が情報を入れ損ねたということ。(お恥ずかしい)

ただもう一つのファクターとして、渡された人の気を感じるプロセスも人によって様々であるということです。

例で示したように、何らかの気の玉の変化は感じ取れています。共感覚で捉えることはできているわけです。

この現象は、受け取った情報がどのような気の感覚=共感覚になるかはその人が持っている情報に対する共感覚への変換関数によるものと推察しています。

またその人が認識できる(知っている)ことしか情報として受け取れないということもありますが、この辺はまたいずれ。

 

今日はここまで

前回の投稿が長めになったので、今回は小ネタで行こうと思っていたのですが、うーーん、そこそこの長さになってしまった。

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玉石です

 

気功的抽象度で考察してみる

ほんじつはおめでとうございます。The Kerria Sasaと申します。

本稿では、IKTM流(私が修行してきたヒーリングメソッド:I had received the Knowledge and Trained healing Method.)のヒーリング技術を紹介しつつ、認知科学式気功の抽象度と臨場感のパラダイムで紐解いてみたいと思います。

気功技術で効果を出すには共通するエッセンスがあることがわかります。

 

IKTM流技術の紹介

IKTM流の技術には病気に特化したものがいくつもあります。そのうちの一つに痛みを止める技法があります。

その例として、この技法を駆使して、肩を動かした時の痛みを除去する場合を解説します。まずは認知科学パラダイムは抜きで説明していきます。

IKTM流で痛みを除去する技法は大きく二つあります。

一つは患部の邪気を除去すること。

もう一つは、痛みの幹部に気を送り意識でその領域を絞り込んでいく方法です。カメラの絞りのように回転しながら閉めていく意識です。その際その痛みの領域を絞り切ってゼロにしていきます。痛みを消すというよりも、その部位を絞っていく感じになります。

これら二つの技術は単体でも使用できます。しかし実際の施術では組み合わせて効果(今回は痛みをとる)を引き出します。

具体的な方法としては以下になります。

まずは肩周辺の邪気を除去します。これだけで痛みが消失する場合もありますが、多くの場合次の工程に進みます。

クライアントさんに無理のない範囲で腕・肩を動かしてもらい、痛みが出る動作と部位を確認します。

次に先述したIKTM流の技法で、確認した部位に気を送り絞ります。この時腕・肩の動きも意識に入れています。

そしてまたクライアントさんに無理のない範囲で肩を動かしてもらいます。うまく行っていると、この時前回確かめた場所の痛みは消失し、腕・肩の可動域が広がります。しかしほとんどの場合違う動きや角度で痛みが出ます。またこの痛みの動作と部位を確認します。

同じように再び、確認した部位に気を送り絞ります。この時も腕・肩の動きの意識しています。

また肩を動かしてもらい、痛みが出る動きと場所を確認してきます。例えば腕の前方挙動が90度ぐらいで痛みが出ていた人は、この施術を繰り返していくと120度⇨180度⇨一周できるというふうに、痛みがない状態で可動域が広がっていくのです。

この痛みをとる手順は非常に汎用性と即効性が高く、昔は飲み屋でよくやったものです。(気功はアルコールを入れた状態でやらない方が良いのですが)

 

抽象度と臨場感で考えてみる

IKTM流の技法ではありますが、認知科学パラダイムで考えてみます。

肩を動かした時に痛みが出るプロセスとしては以下となるかと思います。(私は医師ではありませんのでこれらの説明はあくまで仮説と捉えてくださいね。)

1.関連する部位に何らかの細胞のダメージが発生する。無理な使用や外傷によることが多いかもし得ません。また加齢による拘縮もあるかもしれません。 2.炎症が起こる。主にダメージがある部位周辺に炎症が起こります。 3.痛みが出る。炎症が起こることで痛みが発生します。またはダメージの状況によっては神経細胞を刺激することで発生します。 4.肩の動きに制限が起きる。痛みにより動作に制限がかかる状況です。腕が上がらないとかですね。

1.細胞ダメージ、2.炎症、3.痛み、4.動きの制限 ですね。

これを気功施術の観点から抽象度を比較してみます。以下のようになるでしょう。

抽象度大 4.動きの制限>3.痛み>2.炎症>1.細胞ダメージ 抽象度小

4.動きは痛みがある部位を含めて動かすのに必要な筋肉群と動かすための意思が包括されています。細かく分解はできますが、”動かす”は他のものより抽象的と言えます。

3.痛みもその原因は色々とありその原因を包括したものとなります。

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肩の治療

次に臨場感の得やすさを考えてみます。以下のようになるでしょう。

臨場感大 3.痛み>2.炎症>4.動きの制限>1.細胞ダメージ 臨場感小 

2.と3.は痛みの部位に意識をフォーカスできるので、臨場感を得やすいです。1.細胞ダメージは部位は同じですがダメージの知識がないと解像度が上がらないので、臨場感が薄れます。(医学的な知識があると逆に臨場感が上がるはず)

4.動きは、”動き”そのもの臨場感を得るのはじつは難しいと思います。腕が動く様をアニメーションの様に想像する方法は、その想像による限定された動きのみにフォーカスしていることになり、的外れになりかねないのです。”腕の前方挙動”といったはかなり抽象的な意識が必要なのです。

 

施術効果をあげるヒントかな?

以前の投稿において、認知科学式の気功において施術効果をあげるためには、抽象度をあげてそのエネルギー(ポテンシャル)を引き出す必要があることを紹介しました。そして同時に気功として内部表現を書き換えるためには臨場感も必要でもあることも記しました。(ちょっと表現が違うかもですが)

 

thekerrias.hatenablog.com

 

今回紹介したIKTM流の技法(肩を動かしながら痛みを追いかけて痛みを絞る)では、臨場感を得やすいものと抽象度が高い意識の技術を組み合わせることにより、効果を出していることがわかります。

思い返すとIKTM流でも痛みの部位などをより具体的にして解像度をあげ(臨場感をあげ)たほうが良い場合と、対象部位は明確にするが効果の出るプロセスをより抽象的(動きや機能のなど)に施術したほうが結果が良い場合があることがありました。

なぜ具体的で実感がある施術よりも、ふわっとした(抽象的な)施術の方が効くことがあるのだろう? と不思議に思っていました。経験的には、解像度を上げて細分化した部位の施術をしていても効果が出ない時は、より全体的で抽象的な技法を行うと良い結果が得やすいことも感じていました。

これらは認知科学パラダイムで紐解くことができます。

 

今日はこれまで

途中多少駆け足になってしまいましたが、ヒーリング(気功)技術と抽象度の関係の一端を紹介できたかと思います。

抽象度が高い視点での施術の方が効果がある場合があること書いているうちに、思い出したことがあります。IKTM流施術の際中に、患部の臨場感の生成と幹部への集中意識(変性意識状態)を行わずに施術をしたほうが良い結果がある場合があるのです。

この辺りもいずれ考察していければと思っています。

 

臨場感と視点の高さ(気功)

ほんじつはおめでおうございます。The Keria Sasaと申します。

本稿では、私も苦労している部分でもある臨場感と抽象度について述べたいと思います。
私も苦労していると書いているということは、本稿を読めばお悩み解決!ではないかもしれません。(自虐)

でもいいこと書いてますよ?

臨場感と効果

認知科学式気功を含む多くのヒーリング技術は、臨場感の生成がポイントとなります。
いかにして変性意識状態で施術対象の臨場感を得ることができるか?です。

 

thekerrias.hatenablog.com

 

流派によっては、変性意識や臨場感といったワードは使わないですし、意識もしていない技術群もあります。しかし私が知る限りそのエッセンスはほとんどの技術で内包していると考えています。

気功やヒーリングで病気や自己の能力開発などをする場合、当たり前ですが良い結果がでるように行おうとします。
のめり込んで行うとほとんどの方が臨場感を増すことができます。同時に集中して行うため変性意識も深くなっていきます。

気功やヒーリングの肝は、臨場感と変性意識です。(例外はありますが)
ですから、気功やヒーリングの効果が出て自分の望む結果(病気が良くなる、能力が開花する)が得やすくなるはず。。。。です。

しかし、いくら”頑張って”やっても結果が出ない場合があります。
原因はいくつかあるのですが、そのうちの一つに視点の低さである場合があります。

視点=抽象度

認知科学式気功の考え方で考察してみます。

超情報場仮説に基づいて組み立てられている気功ですので、抽象度が高いほどエネルギーが高いと定義されます。
そして抽象度が上がるとそのもの自体の情報量は減りますが、しかし包含する概念的内容は多くなるととらえます。

例えば、「犬」よりも「哺乳類」のほうが抽象度が高いです。そして「柴犬」は「犬」よりも抽象度が低いことになります。

 抽象度:哺乳類 > 犬 > 柴犬

「哺乳類」には犬だけでなく、猫や人間も含まれています。しかし「哺乳類」だけでは犬であることは断定できません。
逆に「犬」は哺乳類であることを断定できます。

「柴犬」のほうがより具体的です。ですので臨場感が強く保てます。

「柴犬」を思い浮かべる(ここではビジュアライズとして)ことはできでも、「犬」を思い浮かべる場合、何かの犬種にならないように思い浮かべるの難しく、とても抽象的な「犬」を思い浮かべることになるはずです。そのため臨場感が弱くなっているはずです。

そしてこの抽象度は視点の高さでもあります。

視点が高い=抽象度が高いのです。

ですので、施術の時の視点が高いほど抽象度が高いため、気功のエネルギーが高い状態であるといえます。

先に紹介したように、のめり込んで気功を行うと臨場感は増しますが、視野が狭くなり視点が低い状態となります。
視点が低いということは、抽象度が低く、気功的なエネルギーレベルが低いということになります。当然エネルギー(物事を動かす力)が低いので、現実を変えることができないため、結果がでないことになります。

臨場感と抽象度

ではひたすら抽象度をあげればよいのか?ということになります。

まぁそうなのですが、抽象度があげると気功の対象に対する臨場感が少なくなります。臨場感がすくなくなると、その気功的操作がやりずらくなります。

良い結果を出すために抽象度をあげたいが、抽象度が上がると臨場感がなくなり共感覚でとらえづらくなるのです。

我々気功やヒーリングを行うものは、いかに視点を上げて抽象度をあげつつ、臨場感をキープするかがポイントとなるわけです。

 

thekerrias.hatenablog.com

 

本日はここまで

多少中途半端ですがここまでとします。

「いやいや、どうやったら抽象度をあげて臨場感を保つんだよ!」と思われているかもしれませんね。

関連する項目については書いてきますので、ぞの時是非ご覧ください。

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気の玉の手触り(気功)

ほんじつはおめでとうございます。The Kerria Sasaと申します。

さて今回も気の玉について述べていきたいと思います。前回の大きさに続き、今回は気の玉の手触りについてです。

 

thekerrias.hatenablog.com

 

気や気の玉の感覚と言わずに、”手触り”の表現も重要かなと思います。

気の玉の手触り

気功やヒーリングにおける気の感覚は人によって異なります。

指先を手のひらに向けて動かした時に感じる”気”ですらも、人によってピリピリ、ふわふわ、ムズムズ、スースー、グリグリなど一定ではありません。中には同じ人でもその日の体調によって異なったりします。

ですので当然ですが気の玉を作った時の感覚も異なります。ふわふわ、すべすべ、圧力のある空気、温かい空気、お湯、ねばねば、ぷにぷになど・・・。

同じ気の玉の作り方のプロセスを踏んでも人によってその感覚が異なります。

様々な気の玉

気の玉を作るときに、本当にボールを持っているかのように想起して作ります。そのボールを持った臨場感で共感覚を誘起させます。

このとき持っているボールの意識的に種類を変えてみます。ビニール製のボール、布製のボール、革製のボールなどです。このとき臨場感を持ってボールを持つほどに、感じる感覚=手触りが変わりませんか?

感覚は変わるが、想起したボールの材質と異なる手触りがあることがありますが、それでかまいません。

次にちょっと変化球ですが、気の玉を単なるボールではなく、かわいい(ポイント)ハムスターだと思って、撫でてみてください。当然ですがか弱い生き物ですので細心の注意を払って、優しくゆっくり撫でてあげましょう。

この時、毛並みにそって撫でる場合と逆に撫でる場合でかなり手触りが変わりませんか? またもしかしたら重さや暖かさを感じる母tもいるかもしれません。

このハムスターのワーク(?)によって、感覚の違いに気づく人が多いですね。

意図的に変えて見る

これまでのワークは具体的なイメージの力を使って想起し、共感覚の変化を確認してもらいました。

もう少し抽象的な想起でおこる手触りの変化を楽しんでみましょう。

形をボール状から、楕円、四角(キューブ状)、三角錐など形を変えて想起をしてみます。もちろん手触りも変わります。第3者から見て、持っているものがボール状のものから明らかに変わったとわかるように手つきに変化があるはずです。

次に手触りを変えてみます。オノマトペを使用してもかまいません。ザラザラ、ねばねば、じゃりじゃり、ほろほろなどです。

注意深く手にひらの感覚を感じてみてください。気の玉の条件を変えたときに、その感覚が変わっていればうまくいっている証拠です。先ほども述べましたが想起した内容と異なる手触りが生じることも多いので、まずは感覚が変わることを楽しんでみましょう。

色を変えてみる

これまでは手触りが変わる(変わって当たり前な)内容を想起してきました。次に気の玉の手触りではなく、色を変化させてみましょう。またその明るさも合わせて変えてみます。

そういえばこれまで気の玉の色については考えたことがない人が多いかもしれませんね。ここでは意図的に色をつけて変えてみます。

赤、青、緑、強く光る白、薄暗い灰色、漆黒などなど・・・

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カラフル!

色や光具合によって、気の玉の手触りが変化するかもしれません。また人によって無意識に持っている色に対する感覚が異なるので、赤だから暖かく感じるとは限りません。頭では温かい色だと思っていても、実際に感じる感覚が全く関係ないものであることもあります。もちろん思ったものと同じように感じる時もありますのが、今回のこのワークではその違いのを楽しみましょう。

この色を変えるワークは、手触りとは関係ない情報を変えることで感じる気の感覚=共感覚が変化することを示しています。

今回はここまで

実際の気の玉のワークを丁寧に行なった場合のワークを紹介していました。独学でも可能ですので、気功の気の玉をどんどん自分のものにして頂ければと思います。

大きくしてみる・小さくしてみる

ほんじつはおめでとうございます。The Kerria Sと申します。

以前、気功のワークにおける気の玉をソフトボールハンドボールぐらいの大きさがオススメと書きました。

 

thekerrias.hatenablog.com

 

これは絶対にこの大きさでなくてはいけないわけではありません。初心者の方で迷っている方が多いようでしたので、あくまでも一つのおすすめとして書いてみました。

今回は、逆に気の玉の大きさを極端に振った場合のことを考えてみたいと思います。

オススメの気の玉の大きさをわざと変えて是非ワークしてみて下さい。

超大きくしてみる

大きな気の玉を作ってみましょう。

まずは以前紹介した大きさの気の玉を作りましょう。

手を重ねて手のひらの感覚を研ぎ澄ませて、息を吹きかけてきっかけを作り、息を纏めるイメージで気の玉を作ります。丁寧に作りましょう。

本当のボールを持っているような臨場感で作ると、手の中に本当に気のボールがある感覚が出てくることでしょう。(もしできない方は過去の投稿などをみてレッツトライ!)

さて、そのできたソフトボールぐらいの気の玉の表面をよく意識して、そのボールを両手の中でなですべられてください。

そして以下の動作をしてみて下さい。(文章で書くのはちょっとチャレンジャブルですが)

左手を下に、向かい合わせる形で右手を上にしてボールを掴む形で向かい合わせて、そのボールの上下を入れ替えるように、手の位置を反転させます。その時気の玉の表面を感じ続けてボール状であることを意識し続けます。次に左右の手を元に戻すように動かします。この時も気の玉を感じ続け、表面をすべらせるのがコツです。

手の中の気の玉の感覚がハッキリと認識できたら、次にその気の玉を徐々に大きくしてみましょう。前記の動作をしながら大きくします。気の玉が大きくなると想起します。

しかし気の玉が大きくなるのを待ってもなかなか大きくなったように感じないかもしれません。

その場合、気の玉が大きくなったらこのぐらいの手の動きになるはずだ・・・・と思って手をその想起した気の玉の大きさまをカバーするように動かしてましょう。てのひらの気感より先に動作を変えて臨場感を生成するのです。

動作を繰り返しながら、徐々に大きくしていきます。ソフトボール ⇨ バレーボール ⇨ ビーチボール ⇨ バランスボール ⇨ 運動会の大玉・・・・

最後の大玉の方になると、大きすぎて指定した動きができないはずです。もしかしたら手は頭の上に置いて気の玉を転がしているかもしれません。それで良いのです。

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大玉

手に感じる気感はキープです。感覚が変化するのは構いませんが、なにかしらを感じ続けてください。気感とボールの臨場感で気の玉を感じる内部表現を操作しています。

ちなみにこの大きな気の玉の中に自分自身が入ると、結界になります。自分の四方に気の玉を置く方法以外の方法になりますね。

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気の玉の中に入る

超小さくしてみる

次は逆に小さくしてみましょう。

同じように手を動作させます。そして気の玉が小さくなると想起します。

ソフトボール ⇨ テニスボール ⇨ 卓球の球 ⇨ ビー玉 ⇨ 大豆

最後の方は手のひら全体では扱えないでしょう。

手のひらで挟み込むようにしても良いですし(お団子を作るように)、指先でつまむようにすべらせても良いでしょう。

ここでもやはり気感を保つことが重要です。そしてより強い気感を得られる人もいることでしょう。

気の密度が高くなり、よりエネルギー密度が増すイメージですね。(まぁエネルギーってなんだってのは置いておいて)

小さく高エネルギーの気の玉は気の視覚化の訓練にも使えたりします。

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小さい気の玉

本日はここまで

いかがでしたでしょうか?

動作を伴う説明をしているのでうまく伝わっているか不安ですが・・・。

その動きのヒントになったのは、高藤聡一郎氏の練気功・柔球という動作だったりします。

何れにせよ気の玉は、気功の入り口にして、面白く便利で使い勝手の良いツールです。是非色々試してみてください。

情報に刺された!

ほんじつはおめでとうございます。The Kerria Sと申します。

前回、情報的な蟲について少し述べさせていただきました。

 

thekerrias.hatenablog.com

 

本稿では私が体験した蟲の手触り(?)について少し述べたいと思います。

刺された!?

まずはちょっとしたエピソードだと思って読んでください。

気の視覚化を行いながら、人体の罹患している部位をみていました。なかなかハッキリとは見えないのですが、なんとなくこれかな?と思った場所(ちょうど肩の上あたり)に蟲かもしれないと思い、その蟲を掴む動作を行った時のことです。

右手で実際に掴む動作をして、掴んだ臨場感(実際にふわふわしたものを掴む感覚)を得た直後、その右手の甲に一点痛みと痺れの中間の要能な感覚が突如起こりました。

直感的に、刺された!反撃された!と思いました。

その後すぐにその蟲(と思われるもの)を情報的な棚に入れて手を離して、その感覚もなくなりました。(本来なら調伏のようなことをしてからなのでしょうが、その時はちょっと慌ててたので)

掴んだ瞬間その蟲が蠢くようなことは何度かあったのですが、反撃を物理感覚となって現れるレベルでされたのは初めてでしたね。

気功の先生いわく、蟲に噛まれることもあるよね・・・と飄々とおっしゃっておりました。

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その他の蟲や邪気の感覚

気功を病気治療の補助や心のネガティブな部分の改善に利用していると、どうしてもこのようなマイナスの情報、邪気、蟲のようなものを対峙することがあります。

前述した内容は蟲が非常に自律的に生物的に振る舞った例でした。

そこまで行かなくても、何かが登ってくる感覚や施術する手が痛くなることもあります。

私の主観ですが、重篤な病気ほどその割合が大きいような気がします。

逆に考えるんだ!

逆にこのように感覚で現れるということは、自分の施術に穴があることがわかるとも言えます。レベル高く施術しているため相手(?)が反撃できないなら良いのですが、反撃しているのに気がつかずに深刻な体調不良となって現れてしまうこともあり得ます。

ですから、もし施術の最中に蟲に反撃されたような感覚が出た場合、冷静に自分の施術を見直し、体調の管理を強化できるきっかけとすることもできるのです。

捉える共感覚

私は気の視覚化についてはまだまだですので、蟲を捉えるときには触感と直感を利用します。

情報はその人の内部表現の処理によって共感覚で捉えるため、人にって感じる感覚が異なります。得意不得意もあるようです。

ですので今回紹介したことが、必ず気功を習学している方全員員に起きるわけではありません。

むしろ、起きないように自分の能力を高める(気の出力をあげる、見る能力を鍛えて兆しを察知するなど)方が良いかと思います。

 

霊と蟲と情報と

ほんじつはおめでとうございます。The Kerria Sと申します。

認知科学式の気功を習学していると、”蟲”と呼ばれる事象に当たります。

この蟲とはなんなのか?ほんの入口部分ですが考察してみようと思います。

情報ってなんだっけ?

全ての事柄は情報からできています。認知科学式気功の基本的な考え方です。

物質も情報です。情報がなければ形を作ることはできません。そして概念的なことも情報です。物体として実在しなくても、存在することができるのが情報です。

ですので、人が意識的にせよ無意識にせよ脳で処理している(考えている)ことは情報として存在するわけです。ただ実態として取り出せないだけです。

物体から構成される空間が拡張する形で、情報の空間(場)があると考えると良いかも知れません。

蟲?

この蟲とは、情報場に存在する情報の一つととらえます。もちろん悪い意味での情報です。そしてそれは自発的に活動するように感じます。

情報場のそして物理空間に近いところに存在する、ネガティブで自律的な情報場である、と言えます。

蟲は人についていることがあります。つくことで人にネガティブな影響を与えます。体の不調として現れる人もいますし、行動を抑制する形で影響をする人もいます。

そのあり方は、人体に張り付いている、または潜んでいるイメージが近いと思います。

いずれにしても、人について(憑いて)いてあまり良いことはありません。

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蟲 虫 むし

霊に似てる?

この蟲の概念は、霊の憑依の概念に似ています。特に下級な霊(動物霊など)と呼ばれるものに似ています。(下級な霊ってなんだよ!という場合もあるかも知れませんが)

人の霊の場合も同じです。その場合、蟲というよりも呪いと言った方が近いかも知れません。(人の霊ってなんだよ!という人は受け流して・・・)

実はこの考え方は中国気功の一派でも同じように捉えている流派もあります。唯物的な考え方の強いその中国気功では、霊は気の一形態としてとらえます。ですので霊というとおどろおどろしい印象を受けますが、単なる気の一つだと捉えることにより、容易に対処を行うことができるものです。

どうすりゃいいの?

蟲によりネガティブな影響があるのであれば、その蟲を取り除けば良いわけです。

認知科学式の気功では、見てとるまたは、感じてとることを行います。

蟲は見えるし、その存在を感じることができます。見え方や感じ方(触覚)は人によって異なります。実際に蟲を体感したことがない人には難しいかも知れません。是非気功の先生に蟲を体感させてもらってください。(超気持ち悪いけど。)

蟲は情報です。そして気は情報です。気の概念を使って様々な情報を操作するのが気功です。

そして蟲はネガティブな情報と書きました。ですので浄化の技術で除去することもできるのです。

(気功の場合、内部表現という情報を操作することになりますね。)

もう一つの視点

よく考えると、蟲がついたから不調が出るのか、不調の原因の情報を蟲として見るのか?よく分からなくなります。

結論はどちらも正解だと思っていれば良いかと思います。

情報の捉え方は人それぞれです。その人の世界観、技術レベル、知識量によって情報の捉え方が異なります。よって、情報の一形態である蟲の捉え方も人によって異なります。

重要なのは、有益な効果を出すためにネガティブな情報を除去することです。その情報が、浄化の技術で扱うような情報なのか? 蟲として扱う情報なのか? 呪いとして扱う情報なのか?

その人なりの捉え方で、情報を処理すれば良いということになります。

このように考えると、様々な多くのヒーリング技術は同じ根っこであることに気がついてきます。

本日はここまで

多少散漫な文章になってしまいました。すみません。

しかし、蟲という捉え方があるのだということを知っていただければ幸いです。