気功を伝統と科学で学ぶブログ

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気功技術を抜くということ

ほんじつはおめでとうございます。The Kerria Sasaと申します。

 

前回まで伝授システムについて述べてきました。

 

thekerrias.hatenablog.com

 

thekerrias.hatenablog.com

 

今回はその逆です。

技術を非言語で渡すまたはインストールすることに対して、技術を抜くまたはアンインストールすることについてです。

気功やヒーリングの技術を、出来なくするようにすることはできるのか?ということです。

 

はたして一度伝授で習得した気功技術を取り除くことができるのか?

もう少し言うと伝授システムではない方法で習得した技術を取り除くことが出来るのか?ということについてもです。

 

技術抜き、伝授抜き、外しなどと言いますが、呼び方は色々あります。

 

流派やその人の習得レベルなどによって考え方は変わるとは思いますが、これまた現在の私の考えを述べていきます。

 

 

さて、

 

現在の私の考えでは、伝授によって気功技術を渡す・転写・インストールするという方法があるということは、逆もできるであろうということです。

 

ただし、技術は抜いても完全にはなくならないというように考えられます。

 

なぜなら人は一度覚えたものを完全に消し去ることは不可能だからです。(思い出せなくなっているだけです。催眠で本人が完全に忘れていた記憶を取り戻したり、記憶喪失状態が何かのきっかけで思い出したりすることを考えてみてください。)

 

以前にも書きましたが、伝授は人の記憶に非言語状態で技術法則を書き込むようなものです。

 

記憶に書き込むということは、覚えた状態になった訳です。

 

ですので、一度覚えた技術を抜くということは、意識に上がらなく又は意識にあげずらく又はあげ方がわからなくなるようする、といったことになります。

(よって意図的では無く一時的に技術が使えなくなることがあったりします。こわ。)

 

この考え方は認知科学式気功の考え方の一つです。

 

もちろん他流派の方の中には異論がある人もいるでしょう。

おまえに実力がないからだろ!という方いるかもしれません・・・。

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ちなみにIKTM流でも技術抜きがありました。何度か見たことがあります。

(私が修行してきたヒーリングメソッド:I had received the Knowledge and Trained healing Method.)

 

IKTM流と相性が悪い(!)ヒーリング技術や気功を伴った武術などを習得していた方に気功技術を伝授するときに行うことがありました。ごくまれでしたが。

 

やり方としては、ある印を組み、頭上の気の体(オーラ?)部分を掴むような動作をして、取り出します。

 

そしてその取り出したものを捨てます。捨てるときは何か箱のようなものに入れて外に持ち出して、本人から遠い場所で捨ててきます。

 

この件で一番印象的なのは、中国武術をルーツとした某呼吸法の方でした。

かなり修練を積んだ方でした。

 

その方が「この某呼吸法はいらないので、取っちゃってください」とのことで、取ったのです。

 

技術をとった直後、目が泳ぎ、体が震えていました。しばらくその状態が続きましたね。その方もかなりの衝撃を受けていました。

 

その夜、その某呼吸法の人に本当に気功技術が使えなくなったのが試してみました。

いわゆる気で人を飛ばす流派でしたので、飛ばせるか?試したのです。

 

その流派は飛ばされる側もある程度の某呼吸法の鍛錬が必要とのことで、そうではない私は元から飛ばないだろうとのことでした。

 

まぁそれでもやってみようということになりました。

 

やり方としては対峙して立ち手の甲を合わせます。で、お互いに押しあうような動作をすると・・・・。

 

私より小柄な方ですがびくともしません。しかし逆に私は後ろにバランスを崩してよろけてしまいます。不思議な感覚です。

 

これらの状況から、この場合の技術抜きは対象の技術は全く使えなくなったわけではありませんでした。

 

しかしそれから数ヶ月後にはほとんどその技術のことを思いださなくなり、使わなくなっていたとのことです。

 

結果的には技術が完全に使えなくなったわけではなく、使わない、思わない、邪魔しない状態になっていたようです。

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ちなにみ私も体験として技術を抜いてもらったことがあります。(認知科学式での体験です。)

 

立った状態で行ったのですが、なにかを持っていかれたような感覚あり、ひざから崩れ落ちるように力が抜けたのを覚えています。

 

きっと某呼吸法の人もこんな感じだったのかな・・・と思ったりしました。

 

 

この技術を抜くという技術はなんのためにあるのでしょう?

 

大きくは二つあるでしょう。

 

一つは、新しい技術を学ぶ際に前の技術(記憶)が邪魔をする可能性があるためです。

邪魔をする技術をとりあえず横に置いておくことができます。邪魔しない状態にできるわけです。

 

(これをもう少し考えると、伝授をするときに干渉しないように伝授することもできる気がします。邪魔をする技術をどかすのではなく、入れる技術を邪魔しないように入れるということですね。)

 

もう一つは、技術(旧技術)を抜いても実は記憶の底にあることから、新しい技術、体験、知識を得ていくうちに、必要であれば無意識が必要な旧技術を思いだす(とってくる)ことにより、その人の技術全体を統合・発展していくということです。

 

 

いったん抜かれた技術も、必要であれば戻ってくるという方がよくいます。

 

これにはスピリチュアル的な解釈もできますが、これまでの説明でも矛盾がないと思います。

 

 

そして決して他人を困らせるためにあるのではありません。

 

まれにペナルティとして技術を使えなくすると主張するヒーラーもいますが、私はその考え方(技術の使い方)には賛同できません。

 

まぁ、個人のポリシーのようなものです。

技術の使い方は個人の自由ですからねぇ・・・。うーーん。

 

 

まだまだ色々と書きたいことはあるのですが・・・。

今回はここまでといたします。