伝統と科学で目に見えない技術を考えるブログ

ヒーリングとスピリチュアルと時々雑談

浄化と邪気をとる

ほんじつはおめでとうございます。The Kerria Sと申します。

今回は認知科学式気功の主要技術である”浄化”と、IKTM流(私が修行してきたヒーリングメソッド:I had received the Knowledge and Trained healing Method.)の邪気をとる方法の共通する重要な点と存在する差異について考察したいと思います。

浄化の技術

認知科学式気功における超主要技術として”浄化”の技術があります。

不要な情報(=気)を除去することで、文字通り”浄化”を行う技術です。人体に使う場合、筋肉を緩めるたり、病気や病状(痛み等)に使用することが多いです。

ものに使うこともできます。(よくスマホを浄化します)

対面して施術する場合は、施術したい部位近辺(空中)に、取り除きたい情報を共感覚で感じながら、手で押し出す要領で気を取り出し(除去)ます。手を直接人体に触れて行う場合は、手のひらを触れた状態で素早く滑らすように、気を抜いていきます。これは”祓う”と呼ばれることもあり主に四肢の浄化に使用されます。

目の前にヒーリー(クライアント)がいない場合は、ヒーリーのアバターを召喚してそれに対して行います。アバターは全身でもよいし部位で呼び出しても構いません。

上記の方法はあくまで一例で、浄化の技術は多彩につき、ヒーラーの施術対象や営業スタイルにもよりますし、人によって浄化の対象や方法がことることがあります。

いずれにせよ、科学的にいらない情報を抜く又はその場所から消すという作業と言えます。

以上が”浄化”の技術の超ザックリとした内容になります。

邪気をとる

IKTM流でも、不必要な気(=邪気)を除去する技術があり、同様に超主要技術と位置付けられています。ただしこの技術はほぼ病気・病状の改善に特化しています。

人体に重なって存在する邪気(胃に疾患がある場合は、邪気も胃に重なるように存在すると考える)を、手から出る気を使って押し出す又はかき出すように邪気を体外へ排出させる技術です。邪気が除去された部位は邪気がなくなることで自然治癒力が戻り、平癒していくという理論です。

手のひらをぴったりと患部に着け、ゆっくりと滑らせながら気を発し、対象となる部位の邪気を押し出し、体表に移動したその邪気を反対の手ですてる動作を行います。(知っている人が読んだら、IKTM流の世を忍ぶ仮の名前がばれそうですが・・・まぁいっか。)

手の動作はいくつかのパターンがありますが、細かく定められており、論理的に一回の動作でより多くの邪気が取れるようにデザインされています。

これらは、神道古神道)的な穢れの除去の思想に基づいていると私は考えます。

以上が”邪気をとる”の内容になります。

重要な共通すること

これまでの内容を読んでいただければわかるように、かなり似た技術であります。少し整理と追記をしてみましょう。

邪気=情報をとる

不可視の情報=気=邪気(今回の文脈では)を、手で除去することは全く同じです。手を使うのは臨場感を上げることで、気をとらえやすくしているためと推察されます。

邪気を捨てる

認知科学式では抜いた情報についてあまり語らない人もいますが、その扱いは慎重に行っています。その辺にポイとすると、気分が悪くなったり、感情がコントロールできなくなったり、妙な事(?)が起きたりしますので、情報空間にしまったり窓を開けて喚起したりします。IKTM流もおなじです。抜き出した邪気は水に流して処理します。その辺にポイは推奨されません。

いずれも邪気は目には見えないがほぼ実体があるという認識です。そのような情報と臨場感で扱っているということです。

手が体にふれてもふれなくても

IKTM流の邪気をとるの基本は体に触れます。しかし効果は薄れますが認知科学式のように行うことがあります。皮膚病や重度の痛みなど触れることができない場合はそのように行います。

逆に基本的に触れないことが多い認知科学式でも”祓う”ような動作もあります。特に気功初心者には理解しやすい方法論です。

これらの方法論を拡張理解していくと、どちらも遠隔治療が出来て当たり前の方法論になっていきます。(いずれどかかで、考察します)

違いがあること

逆に違うところもあります。なぜ異なるのか?異なる意味を考察してい行きます。

気感(臨場感)の要・不要

認知科学式では共感覚による気感は必須です。気感が臨場感を生み、情報空間へのアクセスをスムーズにします。情報空間=内部表現の書き換え・移動は気感=共感覚が必要です。

対してIKTM流については気を感じる必要はありません。感じる必要はないのですが、気を出す意識(意志)、施術の対象部位(胃を施術するなら胃)への意識フォーカス、各種所作(手の動きや速度)が細かく設定されることにより、技術発火のトリガーとしていると解釈できます。

施術対象 生物のみか、なんでもOKか

認知科学式の浄化技術はその対象が非常に豊かです。生物、無生物だけでなく、土地や建物、情報や概念的ななものまで、ありとあらゆるものに対して浄化の技術を行うことが出来ます。(ただし臨場感を持つことが出来れば・・・ですが)

IKTM流の”邪気をとる”技術は使用対象が生物に限定されています。人以外の対象はペット多いですね。気感の要不要でも書いたような各種制約+生物への限定をすることにより、発火する技術がの効果が増幅されていると考えられます。

まとめ

それぞれの進化の過程で分岐した項目もありますが、認知科学式の”浄化”とIKTM流の”邪気をとる”は臨場感を生成するプロセスが異なるだけで、本質は同じものと考えます。

科学的な情報を抜く又はその場所から消し去るための技術が、神道の穢れの思想とつながっているのは大変興味深いですね。(ベクトルが逆かな?)

あくまで私個人の見解ですのでご容赦を。

 

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